| 昭和27年 2月 | 農薬販売会社山陽薬品株式会社を設立、大森 主、取締役社長に就任、 岡山市野田屋町において営業を開始。 |
| 30年 1月 |
井原営業所を開設。 |
| 36年 6月 | 農用保温資材部門を分離して山陽化成株式会社を設立。 |
| 38年 3月 | 津山営業所を開設。 |
| 40年 6月 | 機械部、冷熱部を分離して山陽空調機器株式会社を設立。 |
| 40年11月 | 全国農薬協同組合が創立され、大森 主社長 理事長に選任される。 |
| 41年 3月 | 本社を岡山市延友454番地に新築移転。 |
| 44年 1月 | 農薬を製造するため、本社隣接地に岡山工場を建設し操業を開始。 |
| 44年10月 | 請負防除を目的としてグリーンサービス部門を設置。 |
| 52年11月 | 取締役社長 大森主、藍綬褒章受賞。 |
| 54年 4月 | 蒜山高原に保養所兼研修センター晴雲荘建設。 |
| 57年 3月 | 建築物ねずみ、不快害虫、しろあり等の防除部門を設置。 |
| 60年 2月 | 取締役会長に大森 主、取締役社長に武市 敏男就任。 |
| 63年 2月 | 新規事業分野展開の調査、検討のため取締役会の諮問機関として 社員で構成する開発委員会を設置。 |
| 63年 4月 | 山陽空調機器株式会社より営業を譲り受け、空調部門を設置。 |
| 63年10月 | 我が国初の農薬メーカーと卸売業者を結ぶグリーンネット株式会社の 農薬VANに参入。 |
| 平成元年 3月 | 将来の航空防除技術研究のため、スカイテック事業部門を設置し、産業用無人ヘリコプタによる実証展示を開始。 |
| 2年 3月 | 岡山県・笠岡市など主催の「おかやま食と緑の博覧会」に産業用無人 ヘリコプタ「ヤマハR-50」を出展。期間中デモフライトを実施 。 |
| 2年 4月 | 取締役会長 大森主、叙勲勲四等端宝章受賞。 |
| 2年 9月 | 工場生産ラインの製品積み上げ作業の自動化と場内運搬の合理化を 図るためロボットパレタイザーを導入。 |
| 2年11月 | 取締役会長 大森 主全国農薬協同組合理事長を退任。 取締役社長 武市 敏男同組合理事に選任される。 |
| 3年 4月 | 産業用無人ヘリコプタ実用段階に入り請負防除開始。 |
| 4年11月 | 取締役社長 武市敏男全国農薬協同組合副理事長に就任。 |
| 6年 2月 | 取締役会長に 武市敏男、取締役社長に大森 茂就任。 私募物上担保附普通社債2億円発行 |
| 6年 7月 | 東山社宅<岡山市御成町>を購入。 |
| 6年 8月 | 資本金1億円に増資。 |
| 6年10月 | 本社敷地内に新本社建設。 |
| 7年 8月 | 取締役会長 武市敏男全国農薬協同組合理事長に就任。 |
| 7年11月 | 本社ビルが平成7年度岡山市優秀建築物受賞。 |
| 9年 1月 | 株式会社ホンダ(島根県)と合併。 |
| 10年10月 | 津山営業所が台風10号に伴う浸水により甚大な被害を受ける。 |
| 10年11月 | 取締役会長 武市敏男全国農薬協同組合理事長を退任。 取締役社長 大森茂同組合理事に選任される。 |
| 11年 9月 | 液剤・水和剤製造ライン及び工場事務所・試験室を増設。 |
| 11年10月 | 新コンピューターシステムを導入し、全社オンライン化。 |
| 13年10月 | 危険物製造所竣工。 |
| 15年 9月 | 粒剤の製剤・包装ラインおよび水和剤製剤ラインの設置。 |
| 15年10月 | 水溶性袋の小分け包装ラインの設置 |
| 15年10月 | 兵庫県加西市に兵庫支店、淡路島に淡路営業所を開設 |
| 16年11月 | 東山社宅を解体撤去。跡地は賃貸駐車場にする。 |
| 18年 1月 | 淡路営業所新築移転。 |